大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)50号 判決 1997年9月17日

東京都渋谷区広尾5丁目4番3号

原告

ミドリ安全株式会社

代表者代表取締役

松村不二夫

訴訟代理人弁護士

田倉整

土岐敦司

訴訟代理人弁理士

佐藤安男

三好秀和

岩崎幸邦

高松俊雄

鹿又弘子

東京都文京区本郷3丁目20番1号

被告

株式会社シモン

代表者代表取締役

利岡信和

訴訟代理人弁護士

中島茂

伊藤圭一

柄澤昌樹

廣瀬勝一

訴訟代理人弁理士

松浦恵治

唐木貴男

長瀬成城

主文

特許庁が、平成2年審判第22836号事件について、平成5年12月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  手続の経緯

(1)  被告は、名称を「安全靴」とする実用新案登録第1823814号考案(以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

本件考案は、昭和60年8月20日に実用新案登録出願され(実願昭60-126946号)、平成元年12月20日に出願公告され(実公平1-44084号)、平成2年7月23日、設定登録されたものである。

原告及びミドリ安全工業株式会社は、同2年12月13日、本件考案の実用新案登録を無効とする旨の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成2年審判第22836号事件として審理したうえ、平成5年12月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同6年2月7日、原告及びミドリ安全工業株式会社代理人に送達された。

(2)  ミドリ安全工業株式会社の合併による消滅

原告とミドリ安全工業株式会社は本訴を提起したが、本訴係属中の平成9年2月17日、ミドリ安全工業株式会社は原告に吸収合併され、その権利義務は原告に承継された。

2  本件考案の要旨

甲皮の内面に裏布を配設し、中底と先芯を設けてなる安全靴において、他の靴底部の厚さより一段と厚く構成される踵部を含む表底の外面を低い発泡率のポリウレタン底とし、その内側の中底までの空間には高い発泡率のポリウレタンを充填して一体に構成しており、前記踵部は大部分を前記高い発泡率のポリウレタンで構成すると共に、該踵部の周囲を前記低い発泡率のポリウレタンで覆い、かつ前記甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してなることを特徴とする安全靴。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件考案は、請求人(原告)の提出したLEMAITRE SECURITE社のカタログ(審判事件甲第1号証、本訴甲第8号証、以下「引用例1」といい、その考案を「引用例考案1」という。)及び西独国特許出願公開第3108359A1号明細書(1982)(審判事件甲第2号証、本訴甲第9号証、以下「引用例2」といい、その考案を「引用例考案2」という。)に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案することができたとすることはできず、請求人(原告)の主張及び挙証によっては、本件考案が実用新案法3条2項の規定に違反して登録された、とすることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本件考案の要旨及び各引用例の記載事項、本件考案と引用例考案1、2との一致点及び相違点の認定は認める。相違点の判断は争う。

審決は、本件考案と引用例考案1、2との相違点の判断を誤り、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  本件考案と引用例考案1、2との相違点は、審決認定(審決書6頁9~19行)のとおり、甲皮の下部周縁の「被覆部材」が「薄シート状部」であるか「厚手の部材」であるか、すなわち、「被覆部材」が「薄シート状」か「厚い」かの相違であるが、「薄シート状」という語句はその外延が不明確な表現であり、この表現だけでは「薄シート状」の具体的内容が不明確である。「薄い」か「厚い」かは、抽象的表現であり、「薄い」、「厚い」とは、例えば数値的にみて、どの程度のものをいうのかについて明細書に具体的に特定されていないと技術的事項としてその意味するところを特定できない。引用例考案2の「縁11」が厚手の部材といっても、図面上そう表示されているだけで、引用例考案2の技術内容からは、これが薄いものか厚いものかは特定されていない。

本件考案において、審決が認定するように、「薄シート状部で被覆してなる・・・ことにより、被覆部材が厚い場合に比べて、歩行の際の抵抗が小さく靴底が容易に曲がり、このような被覆部材があっても歩行の障害とはならず、また甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離が防止でき、かつ甲皮の下部周縁からの水の侵入防止を図ることができる」(審決書7頁3~10行)といえるためには、被覆部材と靴底の曲がり易さとの関係(屈曲容易性)、被覆部材と甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離の関係(剥離防止効果)及び被覆部材と甲皮の下部周縁からの水の侵入との関係(水侵入防止効果)が明確にされるとともに、被覆部材の「薄い」、「厚い」の意味するところが具体的に特定され、この特定の下で、例えば実験データ等によって比較検討がされていなければ、上記作用効果上の差異を客観的かつ具体的に認定できないところ、本件明細書(訂正明細書・甲第7号証)には、これらに関して全く具体的な説明はない。

そうである以上、本件考案と引用例考案2とが、その作用効果において実質上差異があるということはできない。

2  本件考案の出願時の技術水準は、次のとおりである。

(1)  本件考案の発泡ポリウレタンによる一体成形固着技術による靴については、引用例2において従前から知られており、この成形技術は当然ながら安全靴の製造にも適用できることが示唆されている。

(2)  特公昭45-3698号公報(甲第26号証)には、注型法(ポアリング法)による一体形成固着に関する発明が記載され、特に立ち上がり縁部の形成について詳細に説明されている。特開昭49-86148号公報(甲第18号証)には、従来の射出法(インジェクション法)を改良した発泡ポリウレタン二層靴底の製造方法及び装置の発明が記載され、この発明の実施品である機械は、本件考案出願前から数社がわが国に輸入しており、これによる発泡ポリウレタン二層底靴成形に際し、金型の細部形状にまで発泡体が確実に重点成形される技術は技術常識となっていた。

(3)  また、特開昭55-45495号公報(甲第15号証)には、ポリウレタン製クツ底を成形する方法及び装置に関する発明が記載されているが、その図面第6図(拡大図・甲第30号証)から明らかなように、成形された靴は、発泡ポリウレタンのミッドソールにより一体成形固着され、薄い立ち上がり縁部が構成されている。

3  以上の技術水準からすると、ポリウレタン製靴において、立ち上がり縁部を設けることは、一体成形固着技術の一部としてすでに確立されていたのであり、これにより、剥離防止効果及び水侵入防止効果が得られることは明らかである。そして、金型により成形された発泡ポリウレタンミッドソール材による立ち上がり縁部は、それが厚くても薄くても全く歩行の障害にはならないのである。

すなわち、本件考案の効果として訂正明細書に記載されていることは、一体成形固着させたことによる効果であって、被覆部材が厚い場合でも薄い場合でも同様の効果が得られるものである。

審決は、本件考案の「薄シート状部」に係る構成及び該構成が奏する作用効果につき、本件明細書の補正及び訂正に関しては、出願当初の明細書及び図面に記載されていなかったが、当業者に自明の構成及び効果として記載してあるものとして認めながら、他方で、本件考案が引用例考案1、2との対比において進歩性があるか否かの判断においては、作用効果に顕著性があると判断しており、そこには論理矛盾がある。

4  以上のとおり、本件考案の立ち上がり縁部の構成及びその作用効果は、従来技術のものと相違せず、本件考案は、その出願当時の技術水準の下で、引用例考案1、2からきわめて容易に想到できたものであることは明らかというべきであるのに、審決は、いかにも本件考案の立ち上がり縁部の構成が新規であり、その作用効果に顕著性があるように認定し、この認定を根拠に、「本件考案は、甲第1号証~甲第2号証(注、引用例1、2)に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができた、とすることはできない。」と誤った判断をした。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  本件考案における「薄シート状部」は、「薄い」という用語と「シート状」という用語とで限定されているのであり、「薄シート状部」と記載した場合、おのずとそこには自然な限定がされるのであって、あえて具体的数値をもって特定するまでもない。

高発泡率の、すなわち、軟らかいポリウレタンで「薄シート状部」を構成した場合、それが容易に曲がることは、日常の知識で明らかに理解しうるところである。立ち上がり縁部を相対的に厚手のポリウレタンで形成した場合と、「薄シート状部」とした場合の曲がり易さの比較は、実験するまでもないことである。

さらに、高発泡率で軟らかいポリウレタンを溶融して一体に成形した場合、同ポリウレタンが固まる際に、甲皮とポリウレタン底とを一体不可分に固着することもまた、実験するまでもなく明白なことである。そこから水侵入防止の効果が生ずることも明らかである。

このように、本件考案における「薄シート状部」は、高発泡率ポリウレタンからなる靴底内層の立ち上がり周縁上を意図的に薄シート状に形成することにより、甲皮下部周縁とポリウレタン底の剥離防止効果と、そこからの水浸入防止の効果を挙げようとするものである。

これに対し、引用例考案1は、本件考案とは全く別の発想に基づくものであって、その製品は、ミッドソール(内層部)が突出して形成されているが、立ち上がり縁部は、明らかに三段の山状突起部を持った厚手の構造物であって、これを「薄シート状部」というのは無理である。このような厚手で三段の山状突起部を持った構造物が靴の周囲を覆っている場合に、本件考案のような屈曲容易性はそもそも期待できない。したがって、引用例考案1に基づいて、本件考案の「薄シート状部」の構成と効果に想到することは当業者にとっても困難であり、これをきわめて容易に考案できるとは、到底いうことができない。

また、引用例2(甲第9号証)には、縁11に関して、「(外層)より壁厚の厚い、同じく皿型の層(6)」(同号証訳文1頁14~15行)である皿型の内層(ミッドソールの周縁が「皿の縁」のように突出した縁部として示されており、縁11も相当程度の厚さを持つ構造であることが示唆されており、断面図からみる限り到底シート状部というものではなく、むしろ長方形状に厚手突起物として形成されたものであることが示されているのである。

引用例2(甲第9号証)によれば、縁11の作用効果として意図されているのは、「そのベッドの中に上の靴が貼りつけられるところのベッド」(同号証訳文10頁20行~11頁1行)を形成することである。すなわち、上の靴を貼りつけるベッド状の基盤を形成することであり、外層4の縁部5とともにベッドを形成し、「オーバーシューと本発明にもとづく靴底との間の接続がより強く」(同12頁2~3行)すること、つまり、この「2つの層の結合面積が拡大される」(同6頁17~18行)ことにより、「全体的強さがはるかに拡大される」(同6頁16~17行)ことに当該構造部の作用効果があり、その一環として、内層の縁11の構造が示されているのである。そうとすれば、縁11は、オーバーシューを包むように立ち上がってさえいればよいのであり、特にこれを薄シート状とする必要はない。

このように、引用例考案2の縁11には、オーバーシュー(甲皮)と靴底とを接続する効果が期待されており、その限りでは、本件考案の期待する「剥離防止効果」と効果において同様である。しかし、引用例2に示されている作用効果はそれだけである。なるほど、縁11ほど断面が長方形に近い構造物であるならば、相当な強度をもって剥離防止効果を発揮することができよう。しかし、その反面、断面が長方形の突起物であるだけに、屈曲の困難性は避けがたい。その屈曲抵抗を排除して歩行するうちに、長方形突起物構造にひび割れ等が生じることも避けられない。

これに対して、本件考案は、「薄シート状部」としたことにより、屈曲容易性を確保しつつ、剥離防止効果をも確保することができたものであって、引用例2を当業者がみたとしても、こうした形状と効果を持つ本件考案に想到することはきわめて困難である。

2  本件考案の出願前に、「立ち上がり縁部」を薄シート状にして作られた例はない。原告が技術水準を示すものとして援用する各証拠には、立ち上がり縁部を薄シート状にすることは何ら記載されていない。

そもそも、一体成形固着する製靴方法では、コストダウンの観点から「立ち上がり縁部」を設けるのが通常であったが、本件考案の出願前においては、立ち上がり縁部は、甲皮と靴底との縫合を簡略化するためのコストダウン技術としてのみ認識されていた。そこで、現実の製造例においても、立ち上がり縁部は、製造が容易な厚手のものしか製造されておらず、薄シート状の製品は全く生産されていない。なぜなら、立ち上がり縁部を薄シート状にするためには、樹脂などの充填剤を薄シート状部に対応する金型先端部まで均一に円滑に達するようにするようにしなければならないが、その通路が狭いため、充填剤が金型の温度の影響を受けて冷却され、途中で固まってしまうからである。これを実現するためには、<1>充填する樹脂等の粘性を下げる、<2>特に高圧で射出する、<3>金型を高温に保つなどの措置を講じなければならないが、これは、当時の技術水準ではできないことであった。したがって、引用例2に縁11を薄くする技術思想も含まれているというためには、射出方法か、当該構造部に関する特別の言及が必要であるところ、このような記載は引用例2にはないから、当業者は、当時の技術水準による通常の射出技術でできる構造しか想定できず、上記の技術的困難性を克服してまで、立ち上がり縁部を薄シート状にすることを見出すことはできなかったのである。

このような技術水準の下で、本件考案は、初めて、屈曲容易性、剥離防止効果及び水侵入防止効果という効果を具体的に念頭におき、立ち上がり縁部を活用しようと考え、これを薄シート状にする技術を考案したのであって、原告が主張するような、出願前の技術常識に照らして当業者がきわめて容易に考案できたものではない。

3  立ち上がり縁部が本件考案の「薄シート状」の場合と、引用例考案1、2の「厚手の部材」の場合とで、作用効果が相違することは、明らかである。

(1)  屈曲容易性について

屈曲容易性に影響があるのは、靴底の土踏みつけ部だけではない。歩行により屈曲するのは全て(甲皮、被覆部材、表底、中底など)が歩行により屈曲するのであるから、それらの構成材の全てが屈曲容易性に影響を与えることは明らかである。そして、被覆部材を除いたその他の屈曲部の構成材(甲皮、表底、中底など)の条件が同一であれば、被覆部材が厚いか薄いかによって屈曲容易性に差が出るのは明らかである。

原告は、屈曲容易性について、被覆部材が高発泡ポリウレタンであれば、多少の厚さの差異に関係なく曲がり易いものであるので、顕著な差異は生じないと主張するが、そもそも問題は、同じ高発泡ポリウレタン素材で被覆部材を形成した場合に、「厚手」のものと「薄シート状」ものとで、屈曲容易性に差が出るかという、相対的な問題なのである。被覆部材の厚いものは、薄いものに比べて曲がりにくいのである。

また、形状によっても差がある。被覆部をシート状とした場合と、引用例1のように三段山状厚手突起部としたり、引用例2のように断面長方形状厚手突起部とした場合とでは、その横への曲げ抵抗も相対的に顕著な差が出ることになる。

(2)  剥離防止効果について

剥離防止効果に影響があるのは、甲皮下部周縁と靴底との接着状況だけでない。靴側面の被覆部材は歩行により靴が屈曲する際にも原形を留めようとする保形力を発揮する。この保形力は、当然のことながら、被覆部材の厚さが厚ければ厚いほど強いものとなる。そのため、被覆部材の厚さが厚い場合には、歩行による靴底、甲皮の曲がり応力に追随できずに原形を留めようとし、この保持力が甲皮の下部周縁と被覆部材とを剥離させる原因となって、剥離現象が生じるのである。

そして、被覆部材の厚さ以外の全ての条件(接着状況を含む。)が同一であれば、被覆部材が薄いものよりも厚いものの方がこのような剥離現象が生じ易いことは明らかである。

被覆部材が「薄シート状」である場合は、屈曲容易性があるために、歩行時にも薄シート状部と甲皮とが密着して離れずにいるために剥離防止効果は顕著となるところ、引用例1のように三段山状厚手突起部としたり、引用例2のように断面長方形状厚手突起部とした場合は、屈曲容易性が相対的に乏しいために、被覆部が甲皮の軟らかさについていけず、歩行時の屈曲により外側に張り出し次第にひび割れ等により剥離してくることを否定できない。

(3)  水侵入防止効果について

水侵入防止効果に影響があるのは、原告も指摘しているとおり、靴底部分と甲皮部分との縫い目の部分がいかに被覆されているかである。そして、前述の剥離防止効果が発揮されている限り、縫い目部分は被覆されているので、水の侵入は防止できるが、剥離現象が生じた場合には、縫い目部分に水が侵入することになる。

したがって、前述のとおり被覆部材が厚いか薄いかによって、剥離し易さに差が生じ、その結果、水侵入防止効果にも差が生じることは明らかである。

4  原告は、本件審決と訂正審決との判断が矛盾していると主張するが、訂正審判における、考案の作用効果の「自明性」という問題と、考案の有する「進歩性」とは、全く別次元の問題であって、両審決は、何ら矛盾するものではない。

訂正審判における審決は、「甲皮下部周縁とポリウレタン底との剥離防止効果と甲皮の下部周縁からの水の侵入防止効果とは、当初明細書における図面の記載からみて、自明の効果にすぎない」と判断している(甲第10号証)かこれは、かかる効果は、当業者ならずとも、一般通常人であれば、薄シート状部と全体の関係をみれば、直ちに、かつ極めて自然に知ることができるから、自明であるとされたものである。これに対し、進歩性があるとは、当該考案(補正後の考案)にかかる技術が、先行技術に基づいて、きわめて容易に考案できるものではないことをいうのであって、本件についていえば、引用例1及び2に基づいて、本件考案を「きわめて容易に考案できるかどうか」の問題である。したがって、この進歩性の問題と、上述の自明性の問題が全く異なる次元の問題であることは、疑問の余地がない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、甲第16号証、第17号証の1・2、第24、第25号証、第28号証、第30号証(着色部分のみ)、第32号証、乙第2号証(撮影日、撮影者のみ)を除き、当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  本件考案と引用例考案1、2とが、審決認定のとおり、甲皮の下部周縁を被覆する部材(立ち上がり縁部)が、本件考案においては「薄シート状部」であるのに対し、引用例考案1、2においては「厚手の部材」である点において相違し、その余の構成において一致すること、引用例考案1の立ち上がり縁部が「網目状の断続した突出状の厚手部(7a)」(審決書5頁1~2行)であることは、当事者間に争いがない。

そして、引用例1(甲第8号証)には、本件明細書(甲第7号証、訂正明細書)の図面に示された本件考案の実施例における立ち上がり縁部(薄シート状部7a)よりもかなり部厚い三段山状に突起した立ち上がり縁部が図示され、また、引用例2(甲第9号証)には、外層4の後部縁部5よりも肉厚に表現された断面長方形状の立ち上がり部(縁11)が図示されている。

2  審決は、この引用例考案2の「縁11」を「厚手部(11)」と認定し、引用例2の図面には、それが外層4の後部縁部5よりも肉厚に表現して図示されていることは当事者間に争いがないが、引用例2の記載を子細に検討しても、この縁11が「厚手」のものでなければならないことについては何らの記載もなく、引用例発明2の技術内容からも、これが厚手のものでなければならないことを理由付けることはできないものと認められる。

すなわち、引用例2には、安全靴のための靴底の発明が開示され、その特許請求の範囲第1項には、「少なくとも一部が発泡プラスチックから成る安全靴の為の靴底にして、比較的高い密度を持つ耐摩耗性で、耐久力のある材料から成る壁厚の薄い、皿形の外層(4)を持ち、この外層の中により密度の低い、ソフトエラスチックな発泡材から成るより壁厚の厚い、同じく皿形の層(6)が分離しない様に流込み成形されている事を特徴とする靴底。」(甲第9号証訳文1頁9~16行)と、その第5項には、「内層(6)の連続している皿の縁(11)が外層(4)の連続している皿の縁(5)よりも上方迄達している事を特徴とする請求の範囲1から3迄のいずれかに記載の靴底。」(同3頁1~3行)と記載されており、その説明には、「軽量のスポーツシューズ用としては、発泡材から成る比較的粘弾性の下層とソフトエラスチックな中間層が作られ、その際この中間層が直接一方では外層の上に向って又他方ではオーバーシューの上に向って発泡されているという靴底が知られている。」(同5頁8~13行)として従来技術を示し、「本発明の課題は、オーバーシューとは分離して製造され、靴底の製造の後にオーバーシューと接着され、且つ高い強さと耐久性と共に安全靴により良いはき心地を与える、安全靴の為の靴底を作る事である。」(同5頁18行~6頁2行)、「本発明によれば上記の課題は、靴底が高い密度を持つ耐摩耗性で耐久力のある材料から成る壁厚の薄い、皿形の外層を持ち、この外層の中により密度の低いソフトエラスチックな発泡材から成る内側の、同じく皿形の層が分離しない様に流込み成形されているという事によって解決される。これらの2つの層は靴底の製造の際に互いに分離しない様に結合されている。」(同6頁3~10行)としてその発明の課題と解決方法を開示し、その効果として、「本発明にもとづく靴底は、既知の同じ種類の靴底よりも本質的に簡単なやり方で製造する事が出来る;何故ならこの靴底は直接オーバーシューの上に向って発泡されるのではなく、オーバーシューとは分離して製造されるからである。更に、2つの靴底層の皿形の形状によって全体的強さがはるかに向上される;何故なら1方では2つの層の結合面積が拡大される上に、より高い密度の外層が皿形のその縁によってより低い密度の内層の破壊を外側からより良く保護する事が出来るからである。ソフトエラスチックな内層は靴底に或る程度の弾力性を与え、この安全靴のはき心地を従来の安全靴よりも著しく向上させる。壁厚の薄い外層はこの安全靴に、この種の靴にとって必要な貫通防止性能と摩耗強さとを与える。」(同6頁11行~7頁5行)と記載し、その実施例の説明として、「図に示されている靴底1はオーバーシュー2とは分離して製造され、製造後にオーバーシュー2の下辺に接着される。靴底1は非常に耐久力のある材料から作られた靴底パターン3の付いた壁厚の薄い外層4から成り立っており、この材料は発泡プラスチックとする事も出来る。この外層4は連続する縁5によって取り囲まれた皿の形を有している。この皿の内側のスペースには、良好な弾力性と軽い重量を持つ軽発泡材料から成るソフトエラスチックな内層6が注入成形されるが、この成形は直接発泡成形によって行なう事が出来る事が望ましい。この内層も又皿の形を持ち、広い面積によって外層4としっかりと結合されている。」(同9頁12行~10頁4行)、「図1及び2に示されるように靴底の構造のより広い相違として、内部の靴底の層の縁11は外側の靴底の層の外皮の縁5の方へ斜めに出ており、そしてそのベッドの中に上の靴が貼りつけられるところのベッドが形成されている。」(同10頁17行~11頁1行、訳文訂正書による訂正後のもの)として、本件考案の甲皮の下部周縁を被覆する部材(立ち上がり縁部)に該当する縁11が外層の立ち上がり縁部5よりも上方に突出している実施例について説明されている。

これらの記載によれば、引用例考案2は、従来技術として知られている靴底、すなわち、発泡材から成る比較的粘弾性の下層とソフトエラスチックな中間層が作られ、その際この中間層が直接一方では外層の上に向かってまた他方ではオーバーシューの上に向かって発泡されているという靴底を前提として、この靴底を改良する発明であり、オーバーシューとは分離して、靴底を高い密度を持つ耐摩耗性で耐久力のある材料から成る壁厚の薄い皿形の外層と、この外層の中に、より密度の低いソフトエラスチックな発泡材から成る皿形の内層を形成し、これら2つの層を皿形とすることによって結合面積を大きくして強固に結合し、前示効果を奏するものであることが認められ、図1に示されている実施例において、内層6の縁11を外層4の外皮の縁5よりも上方に突出させているのは、皿形である内層6の縁部の面積を大にして、内層6を深い皿形とし、この深い皿形の内層6にオーバーシュー(上の靴)を収めて、この縁11がオーバーシューの下部周縁を被覆するようにして両者間の結合をより強固にするためであると認められる。したがって、この縁11は、上記機能に適した厚さがあれば足り、これが厚手のものに限定される理由がないことは、当業者が引用例2の記載から容易に理解できることであると認められる。

もっとも、引用例2の図1~4によれば、縁11は、層6と連続しており、層6と同じソフトエラスチックな発泡材からなるものであることが示されており、この層6につき、引用例2の前示特許請求の範囲第1項には、外層4の中に形成される「より密度の低い、ソフトエラスチックな発泡材から成るより壁厚の厚い、同じく皿形の層(6)」として、層6は層4よりも、「より壁厚の厚い」ものであることを規定していることが認められる。しかし、上記図1~4には、6の符号で示される層が外層4によって包まれる踵部分を含む靴底部分を指すものとして、11の符号で示される縁とは区別して記載されていること、この内層6を外層4よりも壁厚の厚いものとする理由は、「ソフトエラスチックな内層は靴底に或る程度の弾力性を与え、この安全靴のはき心地を従来の安全靴よりも著しく向上させる」(甲第9号証訳文7頁1~3行)ためであること、図1~4によれば、層6は踵部分において最も厚く、その余の靴底部分においては踵部分よりも薄いが縁11の部分よりも厚く図示されていることが認められるから、縁11は内層6と連続し同じソフトエラスチックな発泡材からなるものであるにしても、このことは、縁11が内層6と同じに「より壁厚の厚い」ものでなければならないとする理由にはならず、前示特許請求の範囲第1項に「より壁厚の厚い」と規定されているのは、縁11とは区別された層6の部分についてであると解すべきであり、これをもって縁11が「より壁厚の厚い」ものであるということはできない。

以上のとおり、引用例2には、その図面上、その立ち上がり縁部が、本件考案の立ち上がり縁部(薄シート状部)よりも肉厚に表現された断面長方形状のものとして表示されているが、引用例2の技術内容からして、それは、内層6とオーバーシューとの結合をより強固にするために、オーバーシューの下部周縁を被覆する機能を有するものであり、この機能に適合する限り、厚手のものに限定されるものでないことが開示ないし示唆されているということができる。

3  そして、本件考案出願前に頒布された特開昭55-45495号公報(甲第15号証)には、物理的及び化学的性質の異なる2成分系のポリウレタン又は類似の材料を射出成形して靴底を製造する方法及び装置の発明が開示され、その第6図には、本件考案と同じに、内層ポリウレタン層の立ち上がり縁部が外層の立ち上がり縁部よりも上方に突出している例が図示され、その内層の立ち上がり縁部の厚さは、外層の立ち上がり縁部の厚さよりも薄いものとして図示され、これが甲皮の下部周縁を被覆するテープ状のものであることが認められる。

同じく本件考案出願前に頒布された実願昭54-68175号の願書に添付された明細書及び図面のマイクロフィルム(甲第20号証)には、「甲被の下縁と中底の周縁を接合して構成した靴甲被の底面と、ゴム、合成ゴム、熱可塑性ゴムの1または2以上の組合わせになるゴム性外底の上面とを、発泡ポリウレタン層をもつて結合成形したことを特徴とする履物」(実用新案登録請求の範囲)の考案が記載され、この靴甲被3の下面と外底4の上面とを発泡ポリウレタン層5で接合する手順として、「靴甲被3には靴型5を嵌挿し、外底4は、その外形輪郭に対応する凹陥部7を有する底型6に載置する。こうした靴型5を底型6上に嵌合したときに、靴甲被3下面と外底4上面との間に空窩部が構成されるように予め設定されている。さらに廻しテープ8、爪先飾り9、踵補強片10の形状に対応する空窩部が靴甲被3の下部周面と底型凹陥部7側壁11との間に設定される。こうして上記空窩部に一定量の液状ポリウレタン配合剤を注入する。・・・液状ポリウレタン配合剤は空窩部内に充満発泡し、やがて硬化して発泡ポリウレタンとなり、靴甲被3下面と外底上面とに強固に接着する。靴甲被3と外底4が発泡ポリウレタン層13を介して強固に接合し、履物として組立てられる。同時に廻しテープ8、爪先飾り9、踵補強片10が必要に応じて発泡ポリウレタン層13によつて成形される。」(同号証明細書3頁13行~4頁12行)と説明されている。この説明と同願書添付の図面によれば、この発泡ポリウレタン層13は、本件考案における高い発泡率のポリウレタン底(内層)に該当し、また、これによって成形される廻しテープ8、爪先飾り9、踵補強片10は、靴甲被下部周縁を被覆するものであって、前示高い発泡率のポリウレタン底(内層)の立ち上がり縁部に相当するものであることが明らかである。すなわち、高い発泡率のポリウレタン底(内層)の立ち上がり縁部に相当する部材を「廻しテープ」として、テープ状にすることは、本件考案出願前既に行われていたことと認められる。

以上のとおり、本件考案と引用例考案1、2との唯一の相違点である内層の立ち上がり縁部の厚さについては、引用例1に図示されているかなり部厚い三段山状に突起した立ち上がり縁部のほか、引用例2には、これよりも厚さの薄い断面長方形状の立ち上がり縁部11が図示され、この縁部11がオーバーシューの下部周縁を被覆するようにしてオーバーシューと内層との結合をより強固にする作用効果を有するものであり、この作用効果を持つものであれば、その厚さは適宜の厚さで足りることが開示ないし示唆されており、上掲特開昭55-45495号公報(甲第15号証)には、引用例2に図示されているものよりもさらに厚さの薄いテープ状の立ち上がり縁部が図示され、上掲実願昭54-68175号の願書に添付された明細書及び図面のマイクロフィルム(甲第20号証)には、この立ち上がり縁部をテープ状にしたものが示されている。

このことからすれば、内層の立ち上がり縁部の厚さを、かなり分厚いものからより薄いもの、あるいは、これをテープ状にした靴底の構成は、本件考案出願前既に周知の技術として確立されており、また、この立ち上がり縁部を設ける理由の一つは、甲皮下部周縁を被覆し甲皮と内層との結合を強固にするためであることは、当業者にとって自明のことであったと認められる。

4  この周知技術を前提にすると、この周知技術ではなお甲皮下部周縁とポリウレタン底の剥離防止効果に十分でないと認められる場合には、これを適宜の薄さのテープ状又はシート状のものとし、これを「薄シート状部」と名付ける程度のことは、当業者にとってきわめて容易に想到できることといわなければならない。

そして、このように内層の立ち上がり縁部を薄シート状として構成すれば、被告が本件考案の効果として主張する屈曲容易性、甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離防止効果及び甲皮の下部周縁からの水浸入防止効果を奏することができることは、被告も認めるとおり、当業者にとって自明のことがらというべきであり、これをもって、当業者が予測できない格別の効果とは到底いうことができない。

被告は、本件考案の出願前に、立ち上がり縁部を薄シート状にして作られた例はなく、原告が技術水準を示すものとして援用する各証拠には、立ち上がり縁部を薄シート状にすることは何ら記載されていないと主張するが、本件考案でいう「薄シート状部」との要件が示すところは、薄いシート状の部材であるということ以上に技術的な意味は認められず、薄いということも相対的な概念であり、シート状といっても、これを前示公知のテープ状のものと区別できる理由は明らかでなく、上掲特開昭55-45495号公報(甲第15号証)に図示されている立ち上がり縁部につき、これを本件考案の「薄シート状部」に該当しないとする理由は、本件証拠上見出せないところであり、このことに照らしても、被告の上記主張は採用できないことが明らかである。

5  以上のとおりであるから、審決が、本件考案と引用例考案1、2との相違点を挙げるのみで、この相違点が周知技術に照らし、どのような技術的意味を持つか、また、本件明細書記載の本件考案の作用効果が格別の作用効果ということができるかにつき、何らの論拠を示すことなく、漫然と本件考案が引用例考案1、2からきわめて容易に考案をすることができたとすることはできないと判断したのは誤りであり、審決は、違法として取消を免れない。

よって、原告の諸求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成2年審判第22836号

審決

東京都渋谷区広尾5丁目4番3号

請求人 ミドリ安全工業 株式会社

東京都渋谷区広尾5丁目4番3号

請求人 ミドリ安全 株式会社

東京都港区虎ノ門1丁目2番3号 虎ノ門第一ビル5階

代理人弁理士 三好保男

東京都港区虎ノ門1丁目2番3号 虎ノ門第一ビル5階

代理人弁理士 三好秀和

東京都港区虎ノ門1丁目2番3号 虎ノ門第一ビル3階、5階 三好内外国特許事務所

代理人弁理士 横屋赳夫

東京都文京区本郷3丁目20番1号

被請求人 株式会社 シモン

東京都千代田区猿楽町2-4-2 小黒ビル 唐木・野口特許事務所

代理人弁理士 唐木貴男

東京都千代田区猿楽町2-4-2 小黒ビル 長瀬国際特許事務所

代理人弁理士 長瀬成城

上記当事者間の登録第1823814号実用新案「安全靴」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.経緯

本件登録第1823814号実用新案(以下、「本件考案」という。)は、昭和60年8月20日に実用新案登録出願され、平成1年12月20日に出願公告(実公平1-44084号)された後、平成2年7月23日に設定の登録がなされたものであり、その後願書に添附した明細書の訂正をすることについての審判請求(平成3年審判第14157号)を容認する(登録実用新案審判請求公告303号参照)審決が確定しているものである。

Ⅱ.本件考案の要旨

本件考案の要旨は、訂正された明細書および図面の記載からみて、その実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの下記にあるものと認める。「甲皮の内面に裏布を配設し、中底と先芯を設けてなる安全靴において、他の靴底部の厚さより一段と厚く構成される踵部を含む表底の外面を低い発泡率のポリウレタン底とし、その内側の中底までの空間には高い発泡率のポリウレタンを充填して一体に構成しており、前記踵部は大部分を前記高い発泡率のポリウレタンで構成すると共に、該踵部の周囲を前記低い発泡率のポリウレタンで覆い、かつ前記甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してなることを特徴とする安全靴。」

Ⅲ.請求人の主張

請求人は、「登録第1823814号実用新案の登録を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、甲第1号証としてLEMAITRE SECURITE社のカタログ、甲第2号証として西独国特許出願公開第3108359A1号明細書(1982)、甲第3号証として「岩波理化学辞典」第3版、1975年4月30日株式会社岩波書店発行、第1283~1284頁、ポリウレタンの項およびポリウレタンホームの項並びに甲第4号証としてLEMAITRE SECURITE社のHECKEL Jean Michelが1990年11月6日付けでした証明書を提出し、本件考案は、甲第1号証および甲第2号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法第3条第2項の規定に違反して登録されたものであり、本件登録実用新案は無効とすべきである、と述べている。

Ⅳ.甲各号証の記載

甲第1号証には、甲皮の内面に裏地を配設し、中底と先芯(STEEL TOE CAP)を設けてなる安全靴において、他の靴底部の厚さより一段と厚く構成される踵部を含む表底の外面を低い発泡率のポリウレタン底とし、その内側の中底までを高い発泡率のポリウレタンで一体に構成しており、前記踵部は大部分を前記高い発泡率のポリウレタンで構成すると共に、該踵部の周囲を前記低い発泡率のポリウレタンで覆い、かつ前記甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した網目状の断続した突出状の厚手部(7a)で被覆してなる安全靴が記載されている。

甲第2号証には、外皮の内面に内張りを配設し中底と先芯(スチールキャップ)を設けてなる安全靴において、他の靴底部の厚さより一段と厚く構成される踵部を含む表底の外面を比較的高い密度をもつ耐摩耗性で耐久力のある材料からなる壁厚の薄い、皿形の外層をもち、この外層の中に密度の低いソフトエラスチックな発泡材からなる壁厚の厚い、皿形の層が分離しないように流し込み成形され、前記踵部は大部分を前記密度の低いソフトエラスチックな発泡材で構成し、かつ前記外皮の下部周縁を、外面の比較的高い密度をもつ耐摩耗性で耐久力のある材料からなる底の上周縁部より上方に突出してなる前記密度の低いソフトエラスチックな発泡材からなる底の周縁上部に形成した厚手部(11)で被覆してなる安全靴が記載されている。

甲第3号証には、ポリウレタンおよびポリウレタンホームに関する一般的な記載がなされている

甲第4号証には、甲第1号証のカタログが1982年に頒布されたことを証明する旨の記載がなされている。

Ⅴ.当審の判断

甲第1号証は、甲第4号証により一応、本件登録実用新案の出願前に外国において頒布された刊行物であるということができる。

本件考案と甲第1~2号証に記載の考案とを対比すると、本件考案が、甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆しているのに対して、甲第1~2号証には、甲皮の下部周縁を、厚手の部材で被覆することが記載されているだけで、薄シート状部で被覆することについて記載されておらず、少なくともこの点で、本件考案と甲第1~2号証に記載の考案とは相違する。

一方、本件考案は、甲皮の下部周縁を、外面の低い発泡率のポリウレタン底の上周縁部より上方に突出してなる前記高い発泡率のポリウレタン底の周縁上部に形成した薄シート状部で被覆してなることを考案の構成に欠くことができない事項の一部として具備していることにより、被覆部材が厚い場合に比べて、歩行の際の抵抗が小さく靴底が容易に曲がり、このような被覆部材があっても歩行の障害とはならず、また甲皮の下部周縁とポリウレタン底との剥離が防止でき、かつ甲皮の下部周縁からの水の侵入防止を図ることができる、という効果を奏したものと認められる。

従って、甲第3号証の前記記載により、甲第2号証に記載された、比較的高い密度をもつ耐摩耗性で耐久力のある材料および密度の低いソフトエラスチックな発泡材としてそれぞれ、低い発泡率のポリウレタンおよび高い発泡率のポリウレタンを用いることが想定できたとしても、本件考案は、甲第1号証~甲第2号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができた、とすることはできない。

以上の検討結果から明らかなように、請求人の主張および挙証によっては、本件考案が実用新案法第3条第2項の規定に違反して登録された、とすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年12月20日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例